EU新電池規則の義務と電池パスポート
EU新電池規則(*1)が2023年7月28日に公布されました。
新電池規則により、指令 2008/98/EC(WFD waste and repealing certain Directives) および規則 (EU) 2019/1020(市場監視、CEマーキング関連規則) が改正され、指令 2006/66/EC (電池および蓄電池ならびに廃棄電池および蓄電池に関する指令)が廃止されました。
1.新電池規則の背景
ウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン(Ursula Gertrud von der Leyen)EU委員長が2019年の委員長就任時に6項目の優先課題(*2)を示しました。
i. EUグリーンディール(A European Green Deal)
ii.人々のための経済(An economy that works for people)
iii.デジタル時代にふさわしいEU(A Europe fit for the digital age)
iv. EU的生き方を推進する(Promoting our European way of life)
v.国際社会でより強いEUとなる(A stronger Europe in the world)
vi. EUの民主主義をさらに推進する(A new push for European democracy)
2024年6月のEU議会の選挙結果を受けて、7月にライエン委員長続投が議会で承認されました。
「ヨーロッパの選択 次期EU委員会に向けた政治ガイドライン 2024?2029(EUROPE’S CHOICE POLITICAL GUIDELINES FOR THE NEXT EUROPEAN COMMISSION 2024?2029)」
(*3)で、「EUの持続可能な繁栄と競争力のための新たな計画」の「クリーンなインダストリアル・ディール」で、2050年カーボンニュートラル、2035年自動車関連カーボンニュートラルなどの以下のようにEUグリーンディールの継承が示されています。(機械翻訳による意訳)
私たちは、気候変動に関する野心的な目標を設定する上で歴史的な進歩を遂げ、経済を成長させながら排出量を成功裏に削減できることを示しました。私たちは、EUグリーンディールで設定された目標の道を歩み続けなければなりません。気候危機は急速に加速しています。そして、脱炭素化と経済の工業化を同時に行うことが、同様に緊急に求められています。私たちは、2030年に向けた既存の法的枠組みを、最もシンプルで公正、かつ最も費用対効果の高い方法で実施することに注力しなければなりません。EUグリーンディールの政策目標は理解できますが、企業の対応の具体化に悩むところです。新電池規則は電池メーカーの規制法であるとして、傍観する企業も少なくありません。
ライエン委員長の政策は野心的で、その実行の道筋を示すひな形法が新電池規則といわれています。新電池規則の要求事項は、今後の電池以外の製品規制法の要求事項とすると、傍観するわけにもいかないようです。
2.新電池規則の主要要求事項
新電池規則の規制事項は以下のように斬新で多岐にわたっています。
新電池規則の主要目的は2050年の気候中立で、自動車の化石燃料の使用から電気自動車への移行の前提条件であり、電池は重要なエネルギー源であり、持続可能な開発、グリーンモビリティ、クリーンエネルギー、気候中立を実現するための重要な要素の 1 つです。
主要要求事項を整理すると以下の項目になります。
(1)規則の背景
・EUグリーンディール
・循環経済行動計画
・廃棄物枠組み指令(WFD)
・フェアトレード
・レアマテリアルの有効利用(リサイクル)
(2)規則の運用・企業義務
・拡大生産者責任
・CEマーキング
・カーボンフットプリント
・廃電池のリサイクル
・環境と人の安全性
・電池に関するデューデリジェンス
(3)遵法証明
・電池パスポート
・マーキング
3.電池パスポート
LMT電池や2kWh以上の産業用電池、電気自動車用電池は、2027年2月18日から電池モデルの情報や使用結果などの個別の電池に特有の情報が含めた電池パスポートが要求されます。
電池パスポートの記載項目は附属書XIII(電池パスポートに記載される情報)で規定されています。
(1) 電池モデルに関する一般にアクセス可能な情報
電池パスポートには、電池モデルに関する以下の情報を記載し、一般にアクセスできるようにしなければならない:
(a) 附属書 VI のパート A(電池関する一般的な方法) に規定する情報
電池のカテゴリ、製造場所、製造日(年及び月)など
(b) 電池の化学組成、電池に含まれる有害物質(水銀、カドミウム又は鉛を除く)及び電池に含まれる重要原材料を含む電池の材料組成
(c)第 7 条(1)及び(2)に規定するカーボンフットプリント情報
(d) 第52条(3)に規定する電池のデューデリジェンス方針に関する報告書に記載されている責任ある調達に関する情報
(e) 第 8 条(1)の文書に記載されている再生材料に関する情報
(f)再生可能な含有量の割合
(g)定格容量(Ah)
(h) 最小電圧、公称電圧、最大電圧、関連する場合は温度範囲
(i) 元の電力容量(ワット)と限界値、関連する場合は温度範囲
(j) 予想される電池寿命(サイクル単位)及び使用された基準試験
(k) 消耗の容量閾値(電気自動車用バッテリのみ)
(l) 非使用時に電池が耐えられる温度範囲(基準試験)
(m) 暦耐用年数に対する商業保証が適用される期間
(n)初期往復エネルギー効率およびサイクル寿命の 50%時
(o)電池セルとパックの内部抵抗
(p) 関連するサイクル寿命試験の c-レート(電池の放電や充電の速度を表す指標)
(q)第13条(3)及び(4)に規定されるマーキング要件
(r)第 18 条に規定される EU 適合宣言書
(s)第74条(1)の(a)から(f)に規定する廃バッテリーの防止および管理に関する情報
(2) 正当な利害関係を有する者及び委員会のみがアクセス可能な電池モデルに関する情報
電池パスポートには、正当な利害関係を有する者及び欧州委員会のみがアクセスできる電池型式に関する以下の情報を記載しなければならない:
(a) 正極、負極及び電解液に使用されている材料を含む詳細な組成 など
(d)安全対策
(3)届出機関、市場監視当局及び欧州委員会のみがアクセス可能な情報
電池パスポートには、電池モデルに関する以下の情報を記載しなければならない:
-本規則または本規則に従って採択された委任法もしくは実施法に規定された要求事項への適合を証明する試験報告書の結果
(4) 合法的な利害関係を有する者のみがアクセス可能な、個々の電池に関する情報およびデータ
電池パスポートには、個々の電池に関する以下の特定の情報及びデータを含めるものとし、これらは正当な利害関係を有する者のみがアクセスできるものとする:
(a)電池が上市されたとき、及び電池の状態が変更されたときに、第10条(1)で言及された性能及び耐久性パラメータの値 など 以下略
電池パスポートは、電池の固有識別子ごとに作成し、エコデザイン規則(*4)が規定するデジタルパスポートをデジタルレジストリに登録するようになります。通関時などで登録内容が確認されるようになります。
4.カーボンフットプリント
電気自動車用バッテリー、容量が2kWhを超える産業用充電式バッテリー、およびLMTバッテリーについて、バッテリーモデル(固有識別子)ごとに製造工場単位でカーボンフットプリント宣言書の作成が要求されています。
カーボンフットプリントとは、「製品システム(中間製品、最終製品あるいは廃棄等のシステムなどの全て)における温室効果ガス排出量と温室効果ガス除去量の合計を、二酸化炭素換算値で表し、気候変動という単一の影響カテゴリーを用いた製品環境フットプリント(PEF)調査(*5)に基づいて算出したものをいう。」と定義されています。
製品の環境フットプリントを計算する方法を標準化することを目的とした「製品環境フットプリントカテゴリールールガイダンス(PEFCR)(*6)により算出します。
5.CEマーキング
電池の適合性宣言の対象と適用日は以下のように段階的となっています。
・2024年8月
-バッテリーの適合性
シリーズ製造製品のCEマーキングは、「モジュールA-内部生産管理」または「モジュールD1-製造工程の品質保証」が要求されます。シリーズ製造でない製品のCEマーキングは、「モジュールA-内部生産管理」または「モジュールG-ユニット検証に基づく適合性」が要求されます
-適合性評価手順-第17条
・EU適合宣言-第18条
-バッテリーのCEマーキング-第19、20、38(3)条
-鉛の制限 (附属書I)
・2025年2月
-デューデリジェンス (第48条)
・2025年8月
-マーキングとラベリング (第13条)
・取り消し線の引いたゴミ箱
-デューデリジェンス ? 第48条
-バッテリーを市場に投入するためのデューデリジェンス要件が適用する
-耐用年数管理
-第VIII章(廃電池の管理)
-拡大生産者責任(EPR)の義務
・2026年8月
-マーキングとラベリング (第13条)
-一般および特定のラベリング要件(附属書VI)
-ポータブル充電式バッテリーの容量マーキング
-非充電式バッテリーのMAD( 最小平均持続時間値)表示
・2027年8月
-品質基準(第9条)
-一般用携帯電池の性能基準を策定
2028年8月
-品質基準 (第9条)
-性能基準の適用
-鉛の制限 (附属書I)
Zinc Airボタン電池を含む
2030年12月
-品質基準 ( 第.9条)
-LCA評価 汎用携帯用一次電池(ボタン電池含む)
6.組込電池のCEマーキング
CEマーキング対応された電池をCEマーキング対応した電気電子機器に組み込む場合の適合宣言は悩ましいところです。CEマーキングに関する製品の決定(EC)2008/98(マーケティングに関する共通枠組み)(*7)は、新電池規則で改正されていなく、従前の解釈が継続することになります。CEマーキングについてはブルーガイド(The ‘Blue Guide’ on the implementation of EU product rules 2022)(*8)に解釈などが示されていま
す。
2.1項に以下の記述があります。(部分意訳)
組合せの製造者は、組合せを構成する適切な製品を選択すること、関係法令の規定に適合するように組合せを組み立てること、および組立て、EU適合宣言書、CEマーキングに関する法令のすべての要件を満たすことに責任を負う。コンポーネントや部品にCEマークが付いているからといって、完成品も自動的に適合していることを保証するものではない。製造者は、完成品自体が適合するように部品やコンポーネントを選択しなければならない。製造者は、製品および部品の組み合わせが、関連法規の適用範囲に照らして1つの完成品と見なされなければならないかどうかを、ケースバイケースで確認しなければならない。
同じパッケージで提供される2つ以上の完成品があり、それらは1つの完成品ではないが、一緒に機能することが意図されている場合、その組み合わせを販売する製造者は、そのパッケージに含まれる製品が互いに操作して使用される場合のリスクに対処しなければならない。
後段は完成品の電池を完成品の電気電子機器を組み込む場合に相当すると解釈できます。この解釈では、組み込み電池と電気電子機器が一体化されていない、容易に取り出せるなどが要件と思えます。この場合でも、組み込み電池による安全性のインターフェース部分の保証は、組み込む電気電子機器の製造者にあると解釈できます。例えば、使用者が電池の極性を逆に組み込んでも安全は保証するなどです。
「組み込み電池を容易に取り出し」は、第11条で「電池が製品の寿命期間中いつでもエンドユーザーによって容易に取り外し可能で交換可能であることを保証しなければならない。」の規定があり「特殊な工具を使用することなく、市販の工具を使用して製品から取り外す」要件が示されています。この要件に関するガイドライン(*9)は検討されています。
当面は有害物質のCEマーキングでモジュールAだけですので、委員会実施規則は不要の状態です。ただ、適合宣言の内容が難しくなるので、“battery competence centres”(第82条)が浮上していると思われます。
新電池規則は多くの企業には直接影響は少ないとは思いますが、EUの製品戦略の具体事例と思えますので、要求内容の本質を確認し、今後の新法規制への準備をお勧めします。
*1:電池規則
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A02023R1542-20240718
*2:6項目の優先課題
https://ec.europa.eu/info/strategy/priorities-2019-2024_en
*3:EUROPE’S CHOICE
*4:エコデザイン規則
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex%3A32024R1781
*5:PEF
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/Guidance_organisations_2.0_J.pdf
*6:PEFCR
https://eplca.jrc.ec.europa.eu/permalink/PEFCR_guidance_v6.3-2.pdf
*7:決定(EC)2008/98
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32008D0768
*8:ブルーガイド
*9:組み込み電池を容易に取り出し要件
https://susproc.jrc.ec.europa.eu/product-bureau/product-groups/530/documents
(一社)東京環境経営研究所)
(2024年10月)