
EUの環境規制の新たな潮流とその企業対応
【1.EUの環境規制の新たな潮流とその企業対応】
EU委員会は、2020年10月に指針(Communication)「持続可能な化学物質戦略:無毒環境の実現に向けて」(*1)で、今後REACH規則の改正やPFAS制限、玩具規則など、多くの環境・化学物質法規制に「必要不可欠な用途」という概念を横断的かつ一貫して組み込むための「共通の定義」を定めています。
EUでは、最も有害な化学物質の使用を原則として禁止しつつ、健康・安全の確保や社会機能の維持に不可欠であり、かつ環境および人の健康の観点から許容可能な代替手段が存在しない場合に限り、その使用を例外的に認めるという方向性が強まっています。
こうした政策転換を制度的に支えるため、EUは「必須用途(essential use)」の概念を明確化し、その判断基準を体系的に定義する取り組みを進めています。
策定される基準は、一般的リスク評価および特定リスク評価の双方に適用され、関連するすべてのEU法における必須用途の適用判断を統一的に導く枠組みとして機能することが想定されます。
これまで、順法担当の実務担当者は、EUのRoHS指令やREACH規則などの新規化学物質の追加や除外要件をいち早く入手することに腐心してきました。
EUは、REACHやCLPの枠組みの中で、化学物質を本質的に「リスクを持つ存在」と捉えています。 特に 最も有害な化学物質(CMR、PBT/vPvB、ED、PMT/vPvM、PFASなど) については、原則として、」使用を段階的に廃止する方向」で、例外として、「健康・安全・社会機能の維持に不可欠で、代替がない場合のみ使用を認める」としています。
EUでは、化学物質が社会に広く利用される一方で、特に最も有害な特性を有する物質については、その使用を原則として廃止し、健康・安全の確保や社会機能の維持に不可欠で、かつ許容可能な代替手段が存在しない場合に限り、例外的に使用を認めるという方向性が強まっています。この考え方は「必須用途(essential use)」の概念として制度化が進められており、EUの化学物質規制全体を貫く新たな判断枠組みとなりつつあります。
§1 サーキュラーエコノミー、化学物質規制、EPR制度の統合の潮流
「現在と未来の消費者保護」、「化学物質の有害性と利便性」、「短期的にはメリットと長期的にはデミリット」、「持続可能な形でリサイクルを促進」、「循環型経済と化学物質政策」や「国による社会インフラが異なる」など、価値観、文化の差などで、トレードオフ的な状況下でも、EUの環境・化学物質政策はブリュッセル・エフェクトでEUの動きが世界的な影響があると思えます。
1.1 REACH規則とRoHS指令の統合
REACH規則とRoHS指令は、多くの日本企業の共通のEU法規制と思います。このREACH規則とRoHS指令の「統合」が、EU委員会で検討されたこともあり、統合に動向に関心が集まっています。
現在は統合について、EU委員会は、REACH規則(化学物質全般)とRoHS指令(電気電子機器)という、法体系の異なる2つの規制を無理に一つの法律に書き換えることは、法的安定性を損なうとして避けました。
代わりに取られたのが、2025年12月に採択されたOSOA(One Substance, One Assessment 一物質一評価)立法パッケージによる「システム統合」で、法律の統合から「データの統合」という道が選ばれました。
(a) 規則(EU) 2025/2455: 化学物質に関する共通データプラットフォームの構築(*2)
(b) 指令(EU) 2025/2456(*3): RoHS指令の改正。これにより、RoHS指令に関連する科学的評価や管理タスクの多くがECHAに統合されて、REACH規則とRoHS指令が、同じ評価システムで運用されることになりました。
評価主体がECHAに一本化されたことで、RoHS指令の制限提案や免除評価もECHAが関与することになりました。OSOAにより、同一物質に対する判断基準が共通化・同期化し、共通データプラットフォームで一括検索・管理が可能となり、「REACH規則では規制、RoHS指令では未規制」といった齟齬が解消されます。
1.2 EPR制度を支える仕組み
DPP(デジタル製品パスポート)、ウラノス・エコシステム(Ouranos Ecosystem)(*4)やマスバランス(Mass Balance)など、EUの規制と日本や米国などで従来の製品含有規制、非含有証明と異なった要求が出てきています。
日本の「ウラノス・エコシステム」とEUの考え方(このデータスペース戦略)は、「技術的な接続性(インフラの調和)」という点では着実に歩み寄っていますが、「法規制への適合(業務上の調和)」という点では、川中企業が自ら橋渡しをしなければならない過渡期にあります。
日本のウラノス・エコシステムは、EUの自動車産業のための世界初のオープンなデータ共有プラットフォーム(データスペース)であるCatena-Xなどのデータスペースと相互接続を確保するための技術実証をすでに成功させています。つまり、データが通る「道路」は繋がりつつあります。
「この製品にはどのプラスチックが使われ、どんな化学物質が入っているか」のデジタル化ツールのDPPは、日米欧で差異があります。
EU:トップダウン型・法制化
エコデザイン規則(ESPR Ecodesign for Sustainable Products Regulation)(*5)で、全産業に「DPP」という統一規格の身分証明書を持たせます。
日本:協調領域のインフラ型
EU等に対応しつつ自国産業を守るため、民間と経産省が「ウラノス・エコシステム」(データスペース)を整備しています。
米国:マーケット・規制目的特化型
全産業共通の箱(DPP)は作らないが、「医薬品の安全(DSCSA)」「食品の安全(FSMA)」「州の環境法(カリフォルニア州法)」などの個別の目的を達成するために、民間企業が高度なデジタル追跡ツールを開発・運用します。
また、識別コードには「GS1」などの世界標準をそのまま使う方向性です。GS1は、EUのDPPでも、事実上のデファクトになっています。
DPPで伝達、開示する情報には差異があります。例えば、EPR制度の基本的な部分となる「マスバランス方式」には温度差があります。
(a)EU(厳格化のトレンド):
EUでは、特に化学リサイクルやバイオマス由来原料において、「物理的にその材料が製品に入っていること」の追跡を重視します。マスバランス方式による「架空の(帳簿上の)持続可能性」を認めることに非常に慎重であり、グリーンウォッシュを防ぐために認証要件を厳しくしています。これは、製品設計(Input)を根本から変えさせるための強いインセンティブです。
(b)アメリカ(現実的・柔軟なトレンド):
アメリカ(特に州レベルのEPR)では、リサイクルインフラの整備と、短期間での再利用素材への転換が急務です。そのため、マスバランス方式を「現実的な過渡期の手段」として容認・活用するケースが一般的です。企業にとっては「物理的な分離・回収ルートを確立するまでの間、証書(Credit)を用いて環境目標を達成する」ことがビジネス継続の条件となるため、この柔軟性が不可欠です。
この現実から、同じ製品でも、EU向けとアメリカ向けで「証明すべき内容」を別テーブルとして保持する構造になります。
(a) EUモデル: 「物理的含有量」と「リサイクルプロセス証明」を紐付ける。
(b) 米国モデル: 「EPR料金算出のための重量・素材分類」と「マスバランスによる環境性能報告」を紐付ける。
仕入れ先に対し、「マスバランス認証としてISCC PLUS 認証(International Sustainability and Carbon Certification:持続可能な原料の利用を国際的に証明するための認証制度等)のデータ」を要求する場合に、EUは日本や米国より算定ルールに厳格であることに留意する必要があります。さらに、EU向けには、「詳細な物質組成」も求めることも必要になります。
このように、EUが「理想的な製品の在り方(あるべき姿)」を法的に強制するのに対し、米国は「現場の廃棄物処理システム(現状)」をいかに回すかを市場に委ねています。
1.3 今後の「統合の潮流」:Compliance by Design の実現
企業は「法規ごとに個別の対応をする」というフェーズから、「製品設計の段階で、データプラットフォーム上の適合性を検証する」というフェーズへの移行が求められています。
既に一部の加盟国やセクター(EEE製品等)では、臭素系難燃剤などの「特定物質の含有」が、EPR料金の加算(Penalty)対象として明確に設定されています。今後は、DPPに記録された化学物質情報がPRO(生産者責任団体)のシステムとAPI連携(異なるソフトウェアやアプリケーション間で機能やデータを共有するための仕組み)され、「申告に基づかない自動的な課金」が行われる未来がすぐそこまで来ています。
ECHAで共通プラットフォームが整備されたことで、これまで「REACH規則ではOKだがRoHS指令ではNG」といった情報の非対称性が解消されます。これにより、製品設計者は「どの規制にも引っかからない安全な物質」を、設計の早い段階で選択することが、EPR料金減額にも適合的にも最も有利となります。
「どの法規にどう対応するか」を考える前に、まずは「ECHAの分類(OSOA)と、EPRが求める設計データ」を、同じ製品コード(Identifier)で管理できるマスターデータ構造を確立することが、将来の法改定に対する最強の防御策となります。
現在のEUの動きは、「規制への対応(Compliance)」を、「製品の競争力(Product Performance)」という資産に変えることを求めています。この統合された潮流の中で、貴殿が「複雑な規制を、いかにシンプルなデータ設計で解決できるか」を提示できれば、産業界にとって極めて高い価値を提供できるはずです。
§2 オムニバス・パッケージ
2.1「オムニバス・パッケージ」による一括改正の潮流
EUは、従来のセクター別・法規別の規制管理から、横断的・一括的な管理へと大きく舵を切っています。
(a) 戦略的背景: EU委員会が進める「環境法制の簡素化および行政負担軽減」のための継続的政策アジェンダです 。複雑化する規制への産業界の懸念を受け、行政負担の25%削減(SMEは35%)を目標としています。
(b) 手法としてのオムニバス: REACH規則、CLP規則、玩具規則など、散在する複数の化学物質法規を一括(Omnibus)で同時に修正する立法戦略です 。
1.1でふれましたRoHS指令のECHA統合を内包する上位概念です。
これにより、法規間の定義の不一致や報告の重複という不整合を迅速に解消しようとしています 。
(c) 2026年時点の状況: このアプローチは一過性ではなく恒久的な軸として定着しており 、デジタル適合宣言の統合など、デジタル化を通じた当局の監視強化という側面も持っています 。
2.2 OSOAの実現とデジタル統合
OSOAの実現に向け、デジタルインフラを通じた統合が加速しています。
(a) 法的基盤: 2026年1月1日に発効した 「化学物質共通データプラットフォーム規則((EU) 2025/2455) により、70以上のEU法に散在する情報を単一の「共通データプラットフォーム」へ統合することが法的に定義されました 。
(b) 期待されるメリット: REACH規則で評価された物質が玩具規則で別基準で判断されるといった不整合の解消や、企業側の二重登録作業の排除が可能となります 。
(c) ロードマップ:
• ~2026年: EUCLEF(European Union Legislation Finder EU化学物質規制法一覧)(*6)等を「唯一の情報源」として活用
• 2027~2029年: API等を通じた自社データとの「自動照合」への移行 。
• ~2036年: 過去分を含む全データが統合され、DPPへ自動的に適合性フラグが引き継がれる姿を目指します 。
2.3 デジタル化の推進とNLF(New legislative framework新立法枠組み)の課題
製品情報のデジタル化は「Digital by Default(デジタルが原則)」へとシフトしていますが、基盤となるNLFとの整合性が課題となっています。
(i) NLFの現状と限界: 現行のNLFはデジタル適合宣言等を想定した設計ではなく、抜本的な改定には高難易度の法学的再構築を要します 。
(ii) パッチワーク的対応: 当局はNLFの一括改定を避け、玩具規則やESPR等の個別セクター法の中にデジタル規定を盛り込む手法を採っています 。
(iii) Digitalization of product information:
(a) 目的: 「Once-only principle(情報は一度の入力で完結)」を目標に、行政手続きの標準化とデジタルインフラによる市場監視の高度化を図ります 。
(b) Digital-first: 紙のDoCを廃止し、DPPを唯一の正当な証明とする動きや、デジタルIDによる署名の代替が検討されています 。
2.4 CAS(Compliance Assurance System)構築のポイント
規制の過渡期(カオス)において、CASには以下の設計が求められます。
(a) 「物質ID」を軸としたハブ構造: 法規制名ではなく、CAS RN ® 等の物質IDをキーに「どの規制のどの要件に該当するか」を紐付けるリレーショナル・マスターの構築が最善です 。
(b) 疎結合アーキテクチャの採用: 将来的なECHAのプラットフォームや共通規格(DPPスキーマ等)への吸収を見越し、APIで繋ぎ替え可能な柔軟な設計にしておく必要があります 。
(c) 「動的データ」への対応: DoCを静的な文書としてではなく、製品属性情報の一部(動的データ)として管理し、デジタル署名等への準備を進めることが重要です 。
(d) 早期警戒システムの構築: 個別法規の動向を待たず、OSOAプラットフォームからの早期警戒情報(Early Warning)とリンクさせることで、不適合物質の早期検知を可能にします 。
§3 DPPと実務の変革
3.1 製品情報のデジタル化(Digitalization of product information)
デジタル化の本質はペーパーレス化ではなく、「行政手続きの標準化」と「市場監視の高度化」にあります。
(a) 「Digital by Default」への舵切り: EU委員会は「情報は一度の入力で完結させる(Once-only principle)」を目標に、デジタル化を原則とする方針を強めています。
(b) 現行制度(CEマーキング/NLF)とのギャップ:
• 署名の有効性: NLFが要求する「物理的・法的署名」と、データであるDPPをどう整合させるか(デジタル署名の法的拘束力など)が未成熟な課題として残っています。
• 責任の所在: 「文書」である従来の適合宣言(DoC)に対し、DPPは「継続的なデータ更新」を伴います。情報更新時の再署名の要否など、法的な統一見解の確立が急がれています。
3.2 既存報告制度のDPPへの吸収・統合
DPPは、分散していた製品情報を集約し、行政負担を軽減(Simplification)するための「一つの器」として機能します。
(a) SCIPデータベースとの統合:
• SCIPを即座に廃止するのではなく、DPPのデータ構造に「SVHC(高懸念物質)情報の報告要件」を組み込む手法が検討されています。
• 将来像として、DPPを備えればEU共通データスペースを通じて当局と情報共有されるため、個別報告(Notification)の免除や自動化が設計されています。
(b) 「Compliance by Design」の実現:
• 製品構成情報をDPPに入力することで、REACH規則適合性やSCIP要件が自動抽出・レポートされる仕組みを目指しています。
• 複数の指令で重複していた「技術文書」を、DPPの共通スキーマ(CIRPASS等の規格)に統合し、作業の重複を排除します。
3. 3 NLFの現代化と「EU製品法」の構想
デジタル化の潮流を法的に担保するため、NLF自体の見直し(Modernization)が急務となっています。
(a) 改定プロセスの現状: 2026年第3四半期には、デジタル適合宣言の標準化等を含む「改定案(legislative proposal)」が示される見込みです。
(b) 「EU製品法(European Product Act: EPA)(*7)」の提言:
• 産業界(APPLiA等)は、個別指令のパッチワーク的改定による混乱を避けるため、水平的なデジタル適合基準を一つの法律として設ける「EPA」を提言しています。
• 「一つのデジタル窓口(Single EU QR Code)」と「共通データ構造」をNLFの基盤に組み込むよう強く求めています。
ただ、NLFの中核をなす「決定 768/2008/EC」は、EUにおいて製品を販売する際の共通ルール(適合性評価モジュールや事業者責任、市場監視の基準など)を定めた基本モデルですが、現時点では改定の動きはありません。
また、EU化学産業を世界で最も効率的かつクリーンな産業へと近代化するためのインフラ整備」として、2025年12月にREACH 2.0(案)(*8)として具体化しました。
(i) 登録有効期間を統一して10年
(ii) ポリマー登録の新規制
(iii) ナノ材料の管理明確化
(iv) コンプライアンス審査の強化
(v) 認可・制限プロセスの簡素化と最適化
(vi) サプライチェーンのデジタル化(DPP・電子SDS)
(vii) 国境を越えた規制協調と税関審査の強化
しかし、2026年4月に、簡素化はREACH規則の抜本的改正でなくても目的が達成できるとして、REACH 2.0は棚上げに(*9)なりました。
EUは、理念先行と言われますが、Trump2.0の影響もあり、現実的な対応もしています。
3.4 CASの構築の留意点
CAS構築では以下に留意しなくてはなりません。
(i) 「移行期」の並行運用: DPPが全製品に義務化されるまでは既存のSCIP報告も継続するため、システム上で報告ルートを自動分岐させるロジックが必要です。
(ii) データ品質への責任転嫁: 報告がデジタル化されることで、データの不備は「通知漏れ(手続きミス)」ではなく「製品の適合性欠如(実体的な違反)」として厳しく扱われるリスクが高まります。
(iii) 疎結合なシステム設計: NLF改定やDPP委任法の策定状況を注視しつつ、将来的に「単一のデジタル窓口」へ接続できるよう、データ構造をモジュール化して保持することが、最も手戻りの少ない戦略となります。
§4 製品開発とリスク管理の新たなアプローチ
4.1 Safe and Sustainable by Design (SSbD) の導入
SSbDは、EU共同研究センター(JRC)が主導する、開発段階から安全性と持続可能性を統合的に評価・最適化する枠組みです 。従来の「法規制クリア」というボトムアップ型から、設計段階で最善を選択するトップダウン型へのパラダイムシフトを意味します。
(i) 2つのステージと4つのステップ: 安全性評価(ハザードとばく露の最小化)と持続可能性評価(LCAによる環境負荷の評価)を反復プロセスで行います 。
(ii) 実務上のトレードオフへの対応: 安全性と持続可能性が相反する場合、どちらかを捨てるのではなく、意思決定の根拠(エビデンス)を文書化することが、当局への説明責任(デューデリジェンス)における強力な武器になります 。
4.2 進化するリスク評価とエンドポイントの転換
リスク評価の主軸が、個体の結果(何が起きたか)を観測する手法から、生物学的メカニズム(どのように起きたか)を追跡する手法へと転換しています 。
• AOP(有害性発現経路)の活用: 分子レベルの「キーイベント(KE)」を測定することで動物実験を代用し、エンドポイントを細分化して評価します 。
• IATA(統合的アプローチ)とNAMs(新規アプローチ手法): 複数のエンドポイントを線として評価する手法が定着し、OSOAの枠組み下で規制間の整合性が図られています 。
• CASへの示唆: エンドポイント情報を「法規要求リスト」ではなく「科学的なAOP」として再定義し、信頼性スコアを付帯させることで説明責任の自動化が可能になります 。
4.3「必須用途(Essential Use)」と「封じ込め(Containment)」
代替困難な物質(難燃剤等)に対する「安全性と規制のジレンマ」を乗り越えるため、社会的正当化と技術的対策を組み合わせたアプローチが求められます 。
(a) 「Essential Use」の立証: 代替物質が技術的・経済的に不可能な場合、機能の不可欠性、代替の不可能性、リスク最小化策の3点を文書化(Dossier化)し、防衛線を整えます 。
(b) SEA(社会経済分析)の活用: 物質禁止による社会的コスト(安全性の低下等)がリスクを上回ることを論理的に示し、過渡的な免除を求める交渉材料とします 。
(c) 「封じ込め」へのパラダイムシフト: 化学的な置換が困難であれば、構造・筐体で漏洩を防ぐ「技術的封じ込め」や、回収・適正処理体制(ライフサイクル管理)によってリスクを管理します 。
4.4 CASの実装指針
日常業務で活用できるよう、システム側で以下の機能を備えることが推奨されます。
(a) 「サステナビリティ・スコア」の可視化: 物質制限(OSOA)とリサイクル効率(EPR)を統合し、一つのスコアとして製品ID(DPP)の下で管理します 。
(b) 技術的困難性(Technical Hardship)フラグ: 単なる代替不可ではなく、クリアできない技術的パラメーターを構造化して記録します 。
(c) RMM/OC(リスク管理措置・運転条件)連携: 物質リストと「封じ込め対策」や「廃棄フロー」を紐付けて管理し、将来的なDPP要件への対応を自動化します 。
§5 サプライチェーンとEPR制度
5.1 拡大生産者責任(EPR)の進化と「OSOA」との統合
現時点では化学物質データ(OSOA)とリサイクル手数料(EPR)は直結していませんが、将来的な融合は不可避であり、それが「自動コンプライアンス」の核心となります 。
(a) 現状の断絶:
• OSOA/ECHA: 化学的安全性(法適合性)の判断を目的とする 。
• EPR/PRO: リサイクル性向上(経済的インセンティブ)を目的とし、現在は素材分離の可否等の物理的技術が優先されている 。
(b) 将来の統合ロードマップ:
• DPPが媒介: DPPが化学情報とリサイクル情報の「交差点」となり、情報の集約が行われる 。
• 「物質」が「減点」対象へ: 特定の懸念物質が含まれる製品は、再生原料の品質を低下させると判定され、EPR料金の追徴(Malus)対象となる仕組みが検討されている 。
• 自動照合: ECHAの共通データプラットフォームを通じて、当局やPROがDPPから「リサイクル性の低さ」をデジタルで一括照会可能になる 。
5.2 川中企業の責務とデータ「翻訳」の役割
川中企業(成形・加工等)は、サプライチェーンの情報を適切に加工し、受け渡す「データ翻訳者」としての重責を担っています 。
(a) 川上からInput: 原料の成分・環境負荷データの受信 。
(b) 社内Process:加工プロセスによる変化を反映し、新たな属性を付与する変換ロジックの構築 。
(c) 川下の顧客へ: EU企業が求める「DPPフォーマット」等への翻訳・提供 。
川中企業のスタンスとしては、Global Standard Firstがポイントになります。
(a) 二重管理の回避: 日本の「ウラノス・エコシステム」対応と「EU DPP」要件を個別に管理するのは不可能である 。EU規格を「マスター」とし、そこから日本国内向けデータを抽出する設計が合理的である 。
(b) 川上へのスペックイン: 単独で翻訳作業を抱え込まず、原料メーカーに対してEU規格(GS1等のID活用)に準拠したデータ納品を要求することが存続条件となる 。
5.3 日米欧の規制哲学の「非対称性」への対応
日本企業にとって、市場ごとの規制アプローチの差異をデータ管理上の柔軟性(Dual-Track Data Management)で吸収することが経営課題となります 。
(a)EUの規制哲学の特徴
予防原則型で安全性・持続可能性の設計 (SSbD/DPP) を基本とし、原料段階での厳格な規制をします。マスバランスに対しては、物理的循環を重視し、安易に認めない傾向があり、厳格な対応を要求がされます。
EU加盟国は一律の規制内容です。
(b)米国の規制哲学の特徴
結果原則型で、経済合理性とシステム効率を基本として、廃棄物削減手段は市場に任せるアプローチをとっています。マスバランス許容しており、産業転換の現実的解として積極的に活用する方式を採用しています。
州により、制度が異なります。
(c)日本の規制哲学の特徴
協調領域のインフラ型で、自国産業を守りつつ国際規制に対応するため、官民が連携してデータ共有の土台を作る「協調領域のインフラ型」を採っています 。
米国に近い「結果原則」の側面を持ち、廃棄物削減や産業転換を加速させるための現実的な手段として、マスバランス方式を積極的に容認・活用しようとする柔軟性があります。
EUの「Catena-X」などのデータスペースとの相互接続を確保するための技術実証を成功させるなど調和を重視しています 。一方、 日本独自のインフラ(ウラノス・エコシステム等)を利用しつつも、中身のデータ構造についてはEUのDPPなどの厳しい外部規制を先取りして構築するという、現実的かつ柔軟なアプローチが推奨されるハイブリッドな対応戦略です。
今後の環境規制対応は、個別の法規遵守から、OSOAやDPPを基盤とした「データの統合管理」へと本質的に変化が求められます。ここで重要なのは、EUの厳格な基準が「ブリュッセル・エフェクト」を通じて事実上の世界標準となり、EU域外の企業にも同等の対応を強いるというこれまでの流れは続くことです 。
こうした潮流の中で、企業のCASに、SSbDや必須用途といった概念を設計段階から取り込み、複雑な規制をシンプルなデータ構造に落とし込む「Compliance by Design」の実装が不可欠となります。
日本のウラノス・エコシステム等の国内基盤を活用しつつ、グローバルなデータ標準に準拠した「ハイブリッド戦略」を構築することこそが、国際競争力を維持する鍵となると思われます。
当説明内容は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制の解釈は必ず原文を参照してください。
本稿は、2026年5月末の情報でまとめています。
(一社)東京環境経営研究所 松浦 徹也
引用
*1:持続可能な化学物質戦略:無毒環境の実現に向けて
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52020DC0667&qid=1766153333937
*2:規則(EU) 2025/2455
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/en/TXT/?uri=CELEX:32025R2455
*3:指令Directive (EU) 2025/2456
https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2025/2456/oj/eng
*4:ウラノス・エコシステム
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/digital_architecture/ouranos.html
*5:ESPR
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2024/1781/oj/eng
*6:EUCLEF
https://echa.europa.eu/legislation-finder
*7:EU製品法
https://single-market-economy.ec.europa.eu/news/commission-seeks-views-strengthening-eu-product-safety-and-market-rules-2025-11-12_en
*8:REACH 2.0
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/speech_25_2243
*9:立法提案の見送り
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/speech_26_897
*10:SSbD
https://research-and-innovation.ec.europa.eu/research-area/industrial-research-and-innovation/chemicals-and-advanced-materials/safe-and-sustainable-design_en
(2026年9月}