特集:PFOAにまつわる法規制など
PFOAにまつわる法規制など(その1)
令和2年9月7日に開催された3省合同会合(1)において、PFOAとその塩の第一種特定化学物質への指定及び輸入禁止製品等に係る措置に関して以下のスケジュールが示されました(2)。
・令和3年4月以降公布
・令和3年10月以降施行
そこでPFOAについてどんな条約、法規制、自主行動計画などがあったのか今のうちに整理しておきたいと思いまして、特集記事を書きました。その間RoHSネタの連載はお休みします。
PFOAは上述のように、我が国においては化審法施行令の改正により化審法第一種特定化学物質(一特)に指定される見込みですが、その理由はストックホルム条約で廃絶対象とされたからです。したがって、
・ストックホルム条約対象物質となる条件とPFOAの経緯(2月号)
・ストックホルム条約と化審法の関係(3月号予定)
・化審法について(4月号予定)
を知っていれば、PFOA規制の全容を、概略ですが知ることができます。順調にいけば化審法政令公布に間に合うかも。
そんな訳でまずはストックホルム条約について、概要をご紹介します。
ストックホルム条約は正式名を「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(Stockholm Convention on Persistent Organic Pollutants)」といい、POPs条約と略称されます。我が国は2002年に批准し、2004年に発効しています。条約は30か条の条文と、Annex AからGまで7つの付属書とから成ります。Annex A、B、Cは対象化学物質リストで、それぞれ廃絶対象物質(Elimination)、認められる用途にのみ製造・使用が許される物質(Restriction)、非意図的生成を禁ずる物質(Unintentional Production)、が記載されています。Annex DからFは対象化学物質選定基準を規定し、Gは仲裁及び調停の手続きを定めています。
PFOA規制に関しては、締約国の責務を定める第3条と個別の適用除外の運用を定める第4条、対象物質選定基準であるAnnex D-Fを知っていれば、とりあえずは十分だと思います。
まずAnnex Dについてご説明しようと思ったのですが、要点だけ書いてもこれだけで2000文字を超えるので、PFOAの結果だけご紹介します(3)。
Annex Dは当該化学物質がPOPs(残留性有機汚染物質)であると認定する基準ですが、①残留性、②生物蓄積性、③長距離移動の可能性、④有害な影響、の4つがあります。これらはそれぞれさらに細分化された条件があり、例えば②生物蓄積性には(i)水生種での生物蓄積係数5,000以上またはlog Kowが5以上であること、(ii)他の生物種での高い生物蓄積性、(iii)生物蓄積の可能性が条約の対象として検討することを正当化する資料、の3つの条件がありますが、これらは(i)及び(ii)or(iii)という論理式でつながっています。
PFOAの場合は①残留性97年以上、②生物蓄積性5000以下、log Kow=2.69 or 6.3、PFOAの血漿中半減期が長いこと(the long plasma half-life and the persistence of PFOA provide enough evidence to conclude that PFOA bioaccumulates in humans)、③ゼニガタアザラシの肝臓からPFOAが0.8ng/wt検出されたことなど、④動物実験による死亡、体重減、チアノーゼ、肝細胞変性及び壊死が確認されたこと、が提示され、これらの根拠によりPOPRC11においてPFOAはPOPsと認定されました(4)。
大学のレポートでこれを出したら、お情けで単位をもらえるかどうかというところですが、これでPOPRCを通ったんですね。もっとも、POPRC3の頃からPFOSの次はPFOAだというのは分かっていましたから、予定通り、なんでしょうね。
ところで、今日本で主に困っているのはPTFEの分解生成物としてのPFOAです。これは意図して合成したものではないので、ストックホルム条約的にはAnnex Cの非意図的生成に当たると思うんですけど。PFOAはAnnex Aには入ってますがAnnex Cには入っていないので、これって法解釈的にはどうなるんでしょうねぇ。
来月号ではストックホルム条約と化審法の関係についてお送りします。
(1)令和2年度第5回薬事・食品衛生審議会薬事分科会化学物質安全対策部会化学物質調査会、令和2年度化学物質審議会第2回安全対策部会、第207回中央環境審議会環境保健部会化学物質審査小委員会
(2)https://www.meti.go.jp/shingikai/kagakubusshitsu/anzen_taisaku/pdf/r02_02_03_00.pdf
(3) UNEP/POPS/POPRC.11/5
(4) UNEP-POPS-POPRC-11/4.English.pdf
PFOAにまつわる法規制など(その2)
今月はストックホルム条約(以下、「条約」)第3条(締約国の責務)、第4条(個別の適用除外の登録)と化審法について、PFOA規制に関連する箇所の要点をご紹介します。
条約第3条第1項
「締約国は、次のことを行う。
(a)次のことを禁止し、又は廃絶するために必要な法的措置及び行政措置をとること。
(i)附属書Aの規定が適用される場合を除くほか、同附属書に掲げる化学物質を製造し及び使用すること。
(ii)附属書Aに掲げる化学物質を輸入し及び輸出すること。ただし、2の規定に従うものとする。
(b)附属書Bの規定に従い、同附属書に掲げる化学物質の製造及び使用を制限すること。」
化審法では、許可を受けなければ第一種特定化学物質(一特)製造の事業を営めず(第十七条)、政令で定める用途以外に一特を使用してはならない(第二十五条)とされてます。これが条約第3条第1項の担保になっています。条約第3条第2項は輸出入規制を詳しく規定しています。
第a項「附属書A又は附属書Bに掲げる化学物質を次の場合にのみ輸入すること。
(i)第六条1(d)に定める環境上適正な処分の場合
(ii)附属書A又は附属書Bの規定に基づき締約国について許可される使用又は目的の場合」
これは化審法第二十二条(許可を受けなければ輸入してはならない)が担保しています。
条約第3条第2項第b号は輸出を規制しています。我が国は輸出貿易管理令で輸出承認の申請が必要な貨物を指定しており、ストックホルム条約対象物質は化審法一特として指定されています。
このように、我が国では法整備及び施行により条約第3条が担保されています。それではもうPFOAについて気にしなくていいのだろうか?それについてはPFOA関連物質に関するBAT報告書の事前相談(1)が経済産業省から公開されている通りです。
条約第4条は個別の適用除外についての規定です。Annex A,Bに記載されている個別の適用除外を使う締約国は、その旨を条約事務局に通告することを定めています。通告しない締約国では、その個別の適用除外は使えません。
PFOAの使用に関わる個別の適用除外は(簡略に訳したのであくまで参考です)、
・半導体製造工程でのフォトリソまたはエッチングプロセス
・写真フィルム
・作業者保護用発油性または撥水性テキスタイル
・侵襲的埋め込み医療機器
・埋め込まれた消火設備の泡消火剤
・医薬品製造目的のパーフルオロオクチルブロミドを製造する目的でのパーフルオロオクチルヨージドの使用
・高性能フィルター製造のためのPTFEとPVDFの製造
・高電圧伝送線生産のためのFEP製造
・Oリング、Vベルト、車載品生産のためのフッ素樹脂製造
がUNEP-POPS-COP.9-SC-9-12.Englishに記載されています。これらのうち日本が事務局に通告するものがあれば、それが日本で使える適用除外となります。
令和元年10月18日に公開された中央環境審議会の答申「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約の附属書改正に係る化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律に基づく追加措置について(第二次答申)」(2)には、医薬品の製造を目的としたペルフルオロオクタンブロミド(PFOB)の製造のためのペルフルオロオクタンヨージド(PFOI)の使用を認めることとされているので、議論に変更がなければこの個別の適用除外が化審法で認められることになると思われます。
来月号は化審法についてご紹介します。
(1) https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/kasinhou/files/about/class1specified/pfoa_oshirase.pdf
(2) https://www.env.go.jp/press/107300.html
(本稿はJEMAIの見解ではありません。筆者の個人的な著述です。
PFOAにまつわる法規制など(その3)
先月号で締約国の責務を定めた条約第3条をご紹介したところ、「では条約で決まったことは、全ての締約国で守られているんだな。それは安心」という声を耳にしました。
先月号は、日本では化審法等により条約上の責務が遂行されていることをご紹介したものです。同様に全ての締約国は、日本の化審法のような国内法を整備し施行する条約上の責務がありますが、現実は現実。特に国際社会には、日本人が聞きたくもない現実があります。
それはさておき、条約第22条第4項にはAnnex A, B, Cの効力発生について「付属書を受諾することができない締約国は文書によって通知する。」という規定があります。また第25条第4項は、この条約を批准するときに、Annex A, B, Cの改正を受け入れる宣言をすることができることを定めています。
「改正を受け入れる宣言をする」?しなかったらどうなる?受け入れないということですね。つまり条約が禁止したPOPsがその国では禁止されないということです。実際に過去何度も発動されています。ただしこれができるのは、条約加盟時に前述の第25条第4項の宣言をした締約国だけです。日本はこの宣言をしていない(UNEP担当官から聞いた話)らしいので、改正されるAnnex A, B, Cに記載される化学物質の規制は我が国ではすべて有効です。
さて海外から調達している会社様はこの辺が気になるのではないでしょうか。海外から、POPsに関して安心して調達するためには①その国がストックホルム条約を批准しているか、同等の国内法が施行されている、②条約を批准している場合はAnnexA, B, Cの改正を受け入れている、③条約を担保する国内法または地域法があり、法が恣意的にではなく法の支配によって施行されている、この3つの条件を満たしていることが必要です。その上で、個別の適用除外や認められる用途を使う通告をしたかどうかチェックすることも必要でしょう。
御社の調達先の国の状況はいかがですか?
おっと化審法の話でした。
先月号で、経済産業省から公開されているPFOA関連物質に関するBAT報告書の事前相談(1)についてご紹介しましたので、化審法でのBATの扱いをご紹介します。よく知られている例は副生PCB混入に関するBATの適用です。一部の顔料にPCBが微量副生していたことが平成24年(2012年)に判明し、BAT値を超えてPCBを含有する製品に対して行政指導が行われました。
化審法における特定化学物質の副生は昭和54年(1979年)から議論されており(2)、化審法の立法趣旨は「特定化学物質が製品として環境系に放出されることによる汚染を防止することにあり、本法はいずれも意図的に合成され、販売されることを念頭において制定されている。」しかしながら非意図的に生成されるものについては「特定化学物質の開放形への放出を抑制するために細心の注意を払うことは化学工業者に課された最低限の義務であり、たとえいわゆる不純物であっても工業技術的・経済的に可能なレベル以上に特定化学物質を含有させているものについては、かかる注意義務を解怠してまで当該特定化学物質を含むものを製造していると考えられ、これを特定化学物質の製造と見なして本法による規制を行うこと」とされています。PFOAに関するBATの適用もこの考え方に基づいています。
PFOAにまつわる法規制など(その4)
PFOAに関わる政令が公布されたらこの特集もやめよう思っていたのですが、まだPFOA関連物質が残っているので今月もPFOAがらみのお話です。今月はPFOA「関連物質」について、条約と化審法でどんな議論があったのかざっくりご紹介します。
そもそもなぜPFOAだけでなくPFOA関連物質までもが条約対象なのか、それは手続き論的に言えばEUが条約のAnnex A, B or Cに記載することを提案したのが「PFOAとその塩及びPFOA関連物質」だったからです(UNEP/POPS/POPRC.11/5)。
もちろん条約も提案されてそのままAnnex Aに記載したわけではなく、POPRC(検討委員会)で審議はしました。PFOAの審議結果は2月号でご紹介したとおりですが、PFOA関連物質はどう審議されたのか。
PFOA関連物質の報告はUNEP/POPS/POPRC.12/INF/5にありますが、PFOA関連物質がPFOAに分解することについて唯一ある定量的な記述は「up to 40% of the initial8:2 FTOH are degraded to PFOA after 7 months.」です。しかしPFOA関連物質全体を規制対象とする根拠は見当たりません。側鎖がフッ素化されたポリマーが環境へのPFOA排出源だともしていますが、やはり定量的な記述は見当たりません。「Studies lasting for several months show a higher formation of PFOA.」など定性的に記述されています。8:2 FTOHについてのみ定量的な実験結果が示されたのちに、「In conclusion, all the presented PFOA-related substances are degraded to PFOA」とされ(何を根拠に”are”と断定できるのか分かりませんが)、「will most probably be degraded in a similar way. 」と結論付けています。”most probably”という結論です。これらの情報をもとにPOPRC11(第11回検討委員会)で審議された結果、PFOA関連物質はPFOAと同様にAnnex A or Bとされるべきであると結論付けられました(POPRC-13/2)。
これは学術論文ではなく政治的文書なのでこれで通りましたが、もしもこれが論文で私がレフリーだったらリジェクトしますね。って、やめよう。刺される。
と、ここまでは条約の話。ではこれを踏まえて化審法ではどんな議論がされたのか。その前に化審法一特となる要件は何か。まずは法文から見ていきます。
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化審法第二条第二項 この法律において「第一種特定化学物質」とは、次の各号のいずれかに該当する化学物質で政令で定めるものをいう。
一 イ及びロに該当するものであること。
イ 自然的作用による化学的変化を生じにくいものであり、かつ、生物の体内に蓄積されやすいものであること。
ロ 次のいずれかに該当するものであること。
(1) 継続的に摂取される場合には、人の健康を損なうおそれがあるものであること。
(2) 継続的に摂取される場合には、高次捕食動物(略)の生息又は生育に支障を及ぼすおそれがあるものであること。
二 当該化学物質が自然的作用による化学的変化を生じやすいものである場合には、自然的作用による化学的変化により生成する化学物質(元素を含む。)が前号イ及びロに該当するものであること。
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長々と引用しましたが、法第二条第二項第二号の前提条件にお気づきでしょうか。「当該化学物質が自然的作用による化学的変化を生じやすいものである場合には」です。PFOA関連物質の分解性についてPOPRCでどんな議論がされたのかしつこく書いたのは、これが理由です。
PFOAにまつわる法規制など(その5)
この特集も5回目になりました。ちゃちゃっと終わらせるつもりが・・・。もうしばらくお付き合いください。
先月号ではPFOA関連物質の分解性についてPOPRCでどんな議論がされ(なかっ)たのかしつこく書きましたが、それでは化審法では議論されたのか。PFOA関連化合物に関して開催された化審法関係の審議会は以下のように公開されています。
令和元年7月24日
https://www.meti.go.jp/shingikai/kagakubusshitsu/shinsa/189.html
PFOA関連化合物について「POPsとしての要件を満たすことがPOPRCにより既に科学的に評価されている」と説明されています。しかしここに配布されたUNEP/POPS/POPRC.12/11/Add.2ではPFOAの残留性は論じられていますがPFOA関連化合物の残留性には触れていません。残留性はPOPsの重要な要件なんですが。なお、この文書が孫引きしているUNEP/POPS/POPRC.12/INF/5にはPFOA関連化合物のPFOAへの分解については“PFOA-related substances can be biotically degraded to PFOA”と、”can be”で記述されています。
令和元年9月20日
https://www.meti.go.jp/shingikai/kagakubusshitsu/anzen_taisaku/2019_03.html
PFOA関連物質の例外的な用途、PFOA 関連物質に該当すると考えられる物質を整理したリストを作成することなどが審議されました。
令和2年9月7日
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_13375.html
令和元年7月24日の3省合同会合において審議したPFOA関連物質の指定に関する内容は、PFOAに分解しない可能性がある物質が含まれるという指摘があり、各国の規制の方向性を調査するとともに条約事務局等とも調整の上、検討を継続しているという報告がありました。どんな指摘があったのかは、資料がありません。
https://www.meti.go.jp/shingikai/kagakubusshitsu/anzen_taisaku/pdf/r02_02_03_00.pdf
そして令和3年4月22日に、PFOA及びその塩を化審法一特に追加する政令第百四十四号が公布されました。PFOA関連化合物についての政令公布はまだです(5/26時点)。
令和2年9月7日の会合でようやくPFOA関連化合物の分解性が言及されました。PFOAに分解するかどうかについての言及はありますが、化審法第二条第二項第二号の要件「当該化学物質が自然的作用による化学的変化を生じやすいものである場合には」について触れているのかどうかは不明です。これまでの記事でご承知のように、PFOA関連化合物が一特の要件を満たすには、PFOA関連化合物が1) 自然的作用による化学的変化を生じやすく、それによって2) PFOAを生成することが満たされなければなりません。しかしながらこの後の会合はまだ予定が公開されていないので、どんな検討が行われているのかわかりません。
人と環境に有害な化学物質であれば規制するのは当然です。そのために我が国には化審法があります。国が法を逸脱して規制するなどあり得ないことなので、PFOA関連化合物が法の定めるところによって正しく処置されることを事業者は見届けなければなりません。
という訳でこの特集は、PFOA関連化合物の検討内容が公開されるまでお休みします。審議内容が公開されたら再開すると思います。多分再開すると思いますが何しろ筆者の関心があちこち向くので困ったもんです。